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生命保険信託とは

お客さまの声-ひとり親家庭で障がいのあるお子さまがいるお客さまの事例④-

石川県 西村さま(仮名)40代・女性

生まれた子供がちょっと普通の子と違うなと感じたのは1歳の頃です。他の子と比較して明らかに成長が遅く、暴れたり高いところへ登りたがったりと多動の傾向が見られました。医師からは重い自閉症と診断されました。近所にある保育園では預かってもらえないため、3歳から知的障がい児を専門にみてくれる保育園に通わせました。その園は2年間利用し、5歳からは健常者と一緒に過ごせる別の園へ移りました。6歳になれば地域の学校ではなく特別支援学校へ進みます。先を考えると、健常者と過ごす機会はこの時期しかないと思っての選択でした。

夫とはその頃から不仲になりました。金遣いの荒い夫が、気付けばあちこちから借金を重ねていたのです。子どもには国から特別児童扶養手当がでていましたが、経済的に苦しく、とても3人で生活を続けることは難しい状況でした。夫とは養育費をもらう約束をして離婚し、私は契約社員として働き始めました。一人であの子の面倒を見るのは負担が大きいですが、とにかくお金の問題から開放されたかったのです。

ひとり親家庭で障がいのあるお子さまがいるお客さまの事例③

10歳になるまでが一番手のかかる時期でした。成長して体が大きくなり、言うことを聞かなかったり、暴れだすと止まらなくなったり……。特別支援学校に進級してから、デイサービスも利用できるようになり、実家の家族の助けも得てなんとか生活していたという感じです。それでも頭の中にはいつも不安がありました。「このままあの子が大人になったらどうなるんだろうか…」、「もし自分がいなくなったらどうなるんだろうか…」。今だから言えますが、あの子が小学部を卒業するまでの間、私はかなり精神のバランスを崩していました。常に不安で、イライラしていました。しかし、病気と診断されて仕事を切られてしまえば、生活は終わりです。それだけは避けなければと、もう意地だけでその時期を乗り切りました。

中学部に上がってからは、少し息子に落ち着きが出てきました。多動は変わりませんでしたが、日常生活で日々の身の回りのことは問題なくこなせるようになりました。小学部の頃からスペシャルオリンピックスの競技活動に参加したり、中学部からは「手をつなぐ親の会」という障がいのあるご家族のいる方々が参加する会に私といっしょに出るようになりました。それによって、あの子に同世代の障がいのあるお友達ができ、私も同じ境遇の親御さんとのコミュニケーションによってかなり気持ちが楽になりました。

息子は今、高等部を卒業し二十歳となりました。地域活動支援センターで、段ボールの組み立て作業や、夏場は加賀野菜のキンジソウの葉っぱをとる作業などをしています。作業に対する報酬も月に数百円とほんの少しですがもらっています。施設に通うだけで数万円かかりますのでとても賄えませんが、二十歳から開始された障害基礎年金と私の給料で暮らしています。

生命保険信託に興味をもったのは、担当ライフプランナーからご連絡いただいたのがきっかけです。これまでも離婚したタイミングや、養育費が途切れて困ったときなどに保険の見直しをしてきましたが、今回も担当ライフプランナーに来てもらって細かくヒアリングしていただきました。

たとえ私の身にすぐに何かが起こるわけでなくても、いつまでもあの子のそばにい続けることはできません。将来的にはグループホームに入ることもあるでしょうし、いつ一人になっても困らないように準備したいと思いました。まずは、あの子ができるだけ長く安心して暮らせるようにしたい。そう思って、80歳までという長く保障が続く保険に見直しました。

加えて、この保険とそれまでに加入していた終身保険に生命保険信託を設定しました。うちの子は買い物でお金を払うことぐらいは理解していますが、誰かが一緒でないと買い物ができません。ですから私が保険金を残しても、そのお金を自分で管理して使うことはできません。今であれば、私がいなくなれば私の親や妹があの子の面倒を見てくれるでしょう。しかしそれがいつなのか、その時家族がどういう状況なのかは分かりません。今回信託を設定したことによって、少なくともお金を管理するという面での不安を軽くすることができたように思います。

世の中には、まだ私のような悩みを持った方がたくさんいると思います。それぞれの家庭環境があるかと思いますが、この仕組みによって安心を得られる方も少なくないのではないでしょうか。ですからぜひいろんな方が知るきっかけを提供してもらえればと思います。


登録日:2022.01.14
登録番号:ptjs-2022-01-002

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